加藤紘一氏が一線退く…後継に33歳三女指名へ。YKKとは?加藤の乱とは?二世議員誕生?政治活動は?

昨年の衆院選で山形3区から出馬し、落選した自民党の加藤紘一元幹事長(73)が、後援会関係者との会合で、三女の鮎子氏(33)を後継に指名することを明らかにし、政界の第一線から退くことになりました。

加藤紘一氏

加藤氏は山形県鶴岡市出身。東大卒業後、外務省に入省した後、1972年に衆院議員に初当選し、防衛長官、官房長官、自民党幹事長などの要職を歴任しました。

加藤氏といえば、自由民主党内に所属していた山崎拓氏、小泉純一郎氏と「YKK」なる政治同盟(3人の頭文字であるYamasaki, Kato, Koizumiが由来)を結成したことで知られています。
YKKは、1991年に自民党で実権を握っていた竹下派(経世会)に対抗する勢力として生まれ、以来、自民党内での勢力図を動かす中で動向がクローズアップされてきました。
2000年、当時の森喜朗首相に対する不信任を持っていた加藤氏は、野党が提出した森内閣不信任決議案を提出する動きを見せたのをきっかけに倒閣を宣言し、メディアやマスコミ、ウェブサイト等を使って公衆の関心を集めました。
この騒動は「加藤の乱」と呼ばれ、当時の党幹事長の党内引き留めで決議案そのものは成立しなかったものの、自民党内の混乱を招き、翌年の小泉純一郎氏の首相誕生への布石になりました。

加藤の乱

しかしこの「加藤の乱」をきっかけに、小泉氏と距離を置くようになり、時には対立することもあったそうです。「将来の首相候補」と言われていた加藤氏でしたが、結果的にこの乱により首相への道が閉ざされたとも言えるかも知れません。

その後、小泉氏は政界引退、2009年の総選挙で山崎氏が、2012年の総選挙で加藤氏が落選し、YKKは事実上終焉しました。

今回、加藤氏の三女である鮎子氏は、加藤氏の秘書役をしており、かねてから国政に意欲を見せていたそうです。政治の世界では「二世議員」と呼ばれる議員が多くいます(小泉純一郎氏、小渕恵三(故人)氏、福田赳夫氏など)。
しかし、選挙が行われる度に世襲について議論が出てくるのも事実で、昨年は政権政党だった民主党が世襲を減らそうという動きが見られました。

その中で発表された今回の加藤氏の後継指名。
加藤氏は「親として応援する」立場を持ち、後援会組織を継承するということではないということのようなので、今までみたいに世襲とは違う形になるかも知れません。自民党山形県連の志田英紀幹事長は、党員投票を行って3区の公認候補を決めたいという考えを持っています。果たして、鮎子氏が公認候補になれるのか、今後の動きに注目です。

一方「政界引退」をする加藤氏は、政治活動は継続しており、1月には村山富市元首相らと共に訪中するなど、精力的な活動を行っているそうです。加藤氏は今後、どんな形で政治と関わるようになるか、そちらも目が離せません。

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